Deep Desire
初めは、自戒のつもりだった。
放っておけば伸びていく髪は、視界に映るたびに教えてくれる。
どれほどの月日が経ったのかを。
自分を溺愛する兄があの地下都市にいることを。
(……討たなければならなかった)
ウィングールは監獄都市だ。1度中に入った者は、地上に出ることを許されない。
終生、空に上る太陽も、肌をくすぐる乾いた風も、心癒す穏やかな緑も、胸の奥に仕舞いこまねばならない。
たくさんの秘密があるから。
“聖都”の真下、土の下深く、閉じ込めた秘密がたくさんあるから。
何をどこまで知っているのか、そんなことは関係ないのだ。
(……できないならば……討てないならば、手など取らなければ良かった)
そうすれば、髪を伸ばすこともなかった。
こんな、鬱陶しいほど、伸ばすこともなかった。
“どっちかっていうと、お前には……”
蘇る懐かしい声に唇を噛み、ハルカは残された1房に短剣を当てる。
“長い髪の方が似合うと思うぜ”
柄を握る手に力を込め、思い切り刃を引いた。金糸のように、煌きを見せながら髪は床へ落ちていく。
急に軽くなった気がした。空虚だと思うほど……。
やはり、伸ばしすぎたのだ。
もっと早く、切るべきだったのに。
「でも、これで終わったわけじゃないわ」
鏡の中の自分に向けて、ハルカははっきりと告げる。
「彼女たちを運ばなければ」
カオルに気づかれないように、テスィカとジェフェライトを上へ――聖都へ運ばなければ。
託されたのだ。
それは、何もできない自分に渡された“彼”からの最後の“贈り物”。
決意漲らせ、ハルカは頷く。
どんな手段を使っても、必ずやり遂げてみせる。
誓った先は、足元に散らばった思い出の欠片たちだった。
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