Deep Desire

【第10章】監獄都市ウィングール

<Vol.0>

 初めは、自戒のつもりだった。
 放っておけば伸びていく髪は、視界に映るたびに教えてくれる。
 どれほどの月日が経ったのかを。
 自分を溺愛する兄があの地下都市にいることを。
(……討たなければならなかった)
 ウィングールは監獄都市だ。1度中に入った者は、地上に出ることを許されない。
 終生、空に上る太陽も、肌をくすぐる乾いた風も、心癒す穏やかな緑も、胸の奥に仕舞いこまねばならない。
 たくさんの秘密があるから。
 “聖都”の真下、土の下深く、閉じ込めた秘密がたくさんあるから。
 何をどこまで知っているのか、そんなことは関係ないのだ。
(……できないならば……討てないならば、手など取らなければ良かった)
 そうすれば、髪を伸ばすこともなかった。
 こんな、鬱陶しいほど、伸ばすこともなかった。
“どっちかっていうと、お前には……”
 蘇る懐かしい声に唇を噛み、ハルカは残された1房に短剣を当てる。
“長い髪の方が似合うと思うぜ”
 柄を握る手に力を込め、思い切り刃を引いた。金糸のように、煌きを見せながら髪は床へ落ちていく。
 急に軽くなった気がした。空虚だと思うほど……。
 やはり、伸ばしすぎたのだ。
 もっと早く、切るべきだったのに。
「でも、これで終わったわけじゃないわ」
 鏡の中の自分に向けて、ハルカははっきりと告げる。
「彼女たちを運ばなければ」
 カオルに気づかれないように、テスィカとジェフェライトを上へ――聖都へ運ばなければ。
 託されたのだ。
 それは、何もできない自分に渡された“彼”からの最後の“贈り物”。
 決意漲らせ、ハルカは頷く。
 どんな手段を使っても、必ずやり遂げてみせる。
 誓った先は、足元に散らばった思い出の欠片たちだった。


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