Deep Desire

【第6章】金色の戦慄

<Vol.4 未熟>

 腕を組み、傍観者として戦いに臨んだルキスとは正反対に、離れた場所にいる3族の王子・王女は殺気を放ちながら今にも戦闘を始めそうだ。
 ジェフェライトは勢いよく剣を抜き、彼の右側に立つテスィカは、細身の剣を身体の前に出して両手で構える。
 ラグレクトは半身を引いて、魔道詠唱の準備を始めたようだ。
 ルキスは彼らを均等に眺め、ほぅ、と小さく感嘆した。
 『剣技』の宙城で、『魔道』と『賢者』に会い見《まみ》えるとは思ってもみなかった。彼らが共に背を預けあい、戦おうとしている姿など、想像だにしていなかったのだ。
 3族は、ラリフ帝国の礎《いしずえ》である。その特筆すべき能力ゆえ、“聖女”を害すことのなきよう、宙城という意図的に隔離された空間に身を置くことを義務付けられた一族たちである。……彼らが一堂に会し、手を携えて戦う姿など、滅多に見れるものではない。
 滅ぼした『賢者』、そして、壊滅的な打撃を与えた『剣技』、そのどちらもルキスには取るに足らない相手であった。未だ正面きって戦っていない『魔道』であっても、蹂躙《じゅうりん》する自信は大いにある。
 けれども、単体ではさほど気にかけぬ3族であっても、戦闘における長所と短所を補うように互いに手を取り合って向かってくるならば、その自信も多少揺らぐ。
 ――互いに手を取り合い向かってくると、するならば。
「コウキ……1人ずつ潰せ」
 ルキスは、思わず指示を与えた。
 意識はしていなかったが、どうやら傍らにいる少女を、いつもその場に離れずにいる“戦乙女”と間違えたようだ。
 言われた方は、振り向くことなく彼に言い返してきた。
「黙ってろ」
 深窓の令嬢と称してもおかしくないほど、細く美しく、淑やかで穏やかな声。
 力強くはないというのに、コウキという少女を少しでも知っている者ならば、彼女のその言葉の裏に「言《げん》を翻《ひるがえ》したら命を奪う」、そんな物騒な脅し文句を聞き取るだろう。
 怯むことはないのだが、そこまで豪語するコウキを見つめて、ルキスは今度こそ口を閉じた――傍観者に徹することにしたのである。
「すぐ、片付く」
 不遜なまでの言葉を投げつけるや否や、コウキは膝を軽く曲げ、高く高くジャンプした。
 その瞬間に、攻防の幕が切って落とされた。
「我が力は理《ことわり》に逆らうものなり
 重き呪縛の……」
 誰よりも早く、ラグレクトの詠唱がルキスの耳に響き渡る。
 反撃のための『魔道』、だ。
 しかしそれは最後まで紡がれなかった。
「ラグレクト!」
 叫び声は、ラグレクトの傍ら――『剣技』の王子、ジェフェライトのもの。
(コウキの攻撃の前に動けたか)
 ジェフェライトは、ラグレクトの前に立ちはだかる。それを見て、ルキスはジェフェライトの能力をさらに高く評価する。
 だが、賞賛の言葉は口をついて出ない。
 なぜならば、ジェフェライトは相手の攻撃を察しただけだ。それでは、戦士として、『剣技』として一流ではない。
 ルキスの想いを証明するように、円形の武具が青年2人に襲い掛かっていく。うち1つは、ジェフェライトが剣で弾き返したが、もう1つがラグレクトの顔を掠めていった。
「っ!」
 避けきれなかったのだろう。『魔道』の王子の声が尾を引き、回廊に響き渡る。
(『剣技』の王子よ。もし、その場に立っていたのが『剣技』の族長であったならば、彼はコウキの攻撃を弾き返しはしないだろう)
 武具を投げたコウキには、若干ながらも隙が生まれる。ジェフェライトはそれに気づいていないだろう。
 気づく余裕がなかったのだ。
 ラグレクトをかばうあまりに。
(この場に君の代わりに『剣技』の族長がいたならば、彼は『魔道』の王子を信じて、投げられた武具には気を取られない)
 武器を避ける力があるかどうか、そんなことなど気にもしないで、眼前の敵を倒すことだけを考えるはずだ。
 味方が傷つかないようにするには、攻撃を防ぐのではなく、短い時間で相手を倒す方がいい。
 そこに発想が行き着かないのは、『剣技』の王女同様に実戦経験が少なすぎるのか、それとも、非情になれない性格ゆえか……。
(まだまだだな、王子)
 判断を下したところで、コウキが宙で一回転してルキスの数歩先に着地した。元いた場所とあまり変わらない位置である。
 そこへ、空を舞う鳥のように風を切る音を発しながら彼女の武器が戻ってくる。コウキは、両手を胸の前で交差させ、回転する円い刃を左右の指でしっかり受け取った。
「炎牙《えんが》!」
 コウキの手元に武具が舞い戻った瞬間、弾ける声で新たな魔道が発動した。
 これは――『賢者』の魔道。
 目を向けた先、テスィカの両足の辺りから炎が一気に立ち上がった。それは彼女の頭上で1つに絡み合い、うねりながらコウキに襲い掛かる。
 猛然とした早さで。
(どう出るか?)
 不安など微塵も感じず、興味本位でルキスはコウキの後姿へ視線を流す。
 コウキは、見えない手で押されたかのように、ゆっくりと後ろへ倒れこんできた。
 黝《あおぐろ》い髪が優しく揺れる。
 そして、ルキスと目が合った。
 唇が動く。
「あぶないよ」と。
 何が、と確認するより早く、コウキの目がルキスから離れた。少女は右手の武器を素早く左手に渡し、空いた手で床に手をつく。倒れ込む反動を利用しながら、真後ろにではなく、真横に向かって宙返りをした。
 見届けてから、ルキスは腰に佩いた剣を抜き去り、言い返す。
「これぐらいなら、言われずとも防げるさ」
 彼は、剣の切っ先を傾けた。そうして、コウキが避けたことにより己に差し迫る『賢者』の炎を自然に、肩に力もいれず、真っ二つに切り裂いてみせた。
 軽く。
 容易く。
「見くびるな、コウキ」
 言い置いて、彼は、構えを解く。
 魔道を放ったテスィカの姿が、嫌でも視界に飛び込んできた。
(あなたは、自分のことを知らなすぎる)
 悔しそうに自分を注視する『賢者』の王女に、ルキスはそっと心で囁く。
(なぜ、『賢者』が、剣も魔道も使えるのか、考えることから始めるといい……それでは、宝の持ち腐れだ)
 『剣技』の王子より実戦経験があったとしても、それに気づかなければ得た物など半分以下だ。
 ルキスは、テスィカの憎悪に燃えた瞳から目をそらし、1番最後にラグレクトを見た。
「我が力は――」
「波状《はじょう》――」
 コウキに隙ができたことを見逃さず、ラグレクトとジェフェライトが同時に声を上げたところだった。
 緩慢な動作で剣を元に戻しながら、ルキスの目はコウキの動きを追いかける。
 見る限り、コウキにはそのどちらも食い止めるだろう。
「ぼくは、舐められているのか?」
 コウキの独り言は、答えを求めたものではない。
 この問い掛けは既に答えを知っているからなされるもの。
 彼女は円形の武具を勢いよく投げた。光を受けずとも輝く刃が、煌きの軌跡を残して向かった先は、テスィカとジェフェライト。
 その間、少女は走る。
 驚くほどの早さで、間合いを詰める。
「我が力は理《ことわり》に逆らうもの――」
 脚の付け根に両手を伸ばし、そこに隠した数本の短剣をコウキはラグレクトへ投げつけた。
 詠唱中の、無防備なラグレクトへ。
「時間がかかりすぎだ、ラグレクト」
 聞こえることはない。知っているから、笑いをこらえてルキスは言う。
「それじゃあ、いつまで経っても私には勝てないよ」
 『魔道』には時間がかかりすぎる。動きの遅い敵を相手にするならまだしも、コウキのように素早い者に対するときに悠長に唱えることなど、愚行以外の何物でもない。
 ジェフェライトにテスィカ――攻撃性とスピードを持った仲間がいるなら、取るべき行動は攻撃支援と決まっている。
(ラグレクト……お前はもっと、誰かと共に戦うことの意義を見出した方がいい)
 複数の短剣は、ラグレクトの身体に突き刺さった。
 右膝、左わき腹、右肘、左の二の腕。
「くっ……!」
「ラグレクト!」
「――ジェフェライト、来る!」
 心配するジェフェライトにテスィカが促す注意も間に合わない。
 戻ってきた円形の武器を受け取って、コウキはジェフェライトの眼前まで迫っていた。
 そして、驚愕しながらジェフェライト大きく剣を振りかぶる寸前、彼女は身体をその場に沈める。
 手の平を地につけ、そこを中心に円を描くように、素早くジェフェライトの足を払う。沈む彼の胸の辺りで刃を一閃、数秒後には、後ろへ飛び退り、テスィカの攻撃をもコウキはかわした。
 ただかわしただけではなく、コウキはテスィカに言い放つ。
「怪我しているならおとなしくしてろ」
「なっ……」
「貧血でさほど動けないくせに」
 テスィカに動揺を与えたまま、曲芸のように鮮やかで軽やかな身のこなしをしつつ、ルキスの傍らに降り立った。戦いに一応の決着がついたと見たのである。
 ルキスはコウキを見つめる。
 汗はかいていない。
「他愛ない」
 言葉にも、乱れはない。
「1対1だからな」
 その台詞にコウキがルキスへ向き直る。
 それは違う、と指摘しているのだ。
 だが、コウキの否定をルキスは受け入れない。
「そうだろう。3対1で3族と戦ったわけじゃない。1対1を3度やったまでだ」
「……多数でかかってきたいのなら、協力すればいいことだ。それを別々に行動してきた……ぼくは、弱くない」
「それは否定しない。――そろそろ“聖都”に戻るぞ、コウキ」
 少女の顔に初めて表情らしきものが生まれた。
 軽く目を見開き、瞬きを数回繰り返す。
「戻るのか? 止めも刺さずに?」
「必要ない」
「……手ぬるいな」
 ルキスは笑う。
(なるほど、お前はやっぱり歳相応だ)
 それとも、大局を見渡す目など持ち得ないよう教育されたのか?
 どちらにしても、使いやすいことは間違いない――同じイスエラ出身のティヴィアよりは、数倍も。
「今回の目的は、もう達成されているのだよ。戻るぞ、コウキ」
 彼は、少女にそう命じた。
 2度目の言葉は素直に受け入れられて、コウキはその懐から取り出した円筒を近くに投げ捨てた。
 途端、回廊に煙が充満する。
 ルキスはその中で、誰もが見惚れる冷酷な笑みを、その場にはいない、心に描く一人の女性へ投げかけたのだった。 


Copyright(C) Akira Hotaka All rights reserved.

←≪3.秘事≫ + 目次 + ≪5.誓約≫→