Deep Desire
陶器でできたかのように真白い手を見下ろして、玲瓏な声でルキスは呟く。
「――こうして見れば野辺で手折った赫《あか》い小花のように美しいか」
手の甲についた返り血は、かつて彼が、愛しい人のために手折った小花を連想させた。
「……儚くもかよわき花の命、あなたが望むのであれば何度でも手折ってみせよう」
歌うように呟いた言葉に眉を顰める者はいない。
彼の周囲には、血の海と屍の山が築かれているだけ。
それを時折踏みつけるようにして、彼は通路を進んでいった。
「名も無き花に、代わりは数え切れぬほどある……」
後退《あとじ》さっていた『剣技』の民を追い詰めるように、けれどもゆっくりとルキスは歩く。
と、その『剣技』の民のうちの1人が意を決したのか、彼に剣を振り上げ襲い掛かってきた。
「払血深斬《ふっけつしんざん》!」
素早いスピードで駆け寄ってきた男は一喝の後、赤く光った剣でルキスの胸元を薙ぐ。
甲冑を身に着けていない美貌の将軍は渋面を作り、斬られた部分からは血が飛び散る――はずだった。
けれども、それは『剣技』の男が想像していたものに過ぎず、ルキスは風のように音も無く後方へ下がり、攻撃をかすらせもしなかった。
次の攻撃を……男はそれを考えようとしたが、そんな時間を与えてくれるほど金の将軍は優しくなかった。攻撃をかわされたと思った次の刹那に、男の眼前には同性でも見惚れかねない顔があった。
「名も無き花の代わりなど、いくらでもあるものなのだ」
ルキスは艶やかな唇でそんな言葉を紡いだが、『剣技』の男は最後まで聞くことができただろうか?
恐らくは、無理であったに違いない。
ルキスの囁きと男の体に剣が貫通したのとでは、どちらが先であったかわからぬくらいのタイミングであったのだから。
貫いた男の体が傾く。吐き出された大量の血は、彼の金色の髪と頬に飛び散った。
それを無表情で拭いながら、ルキスは男を足で蹴り、反動で剣を引き抜いた。
「だが……」
倒れた兵の体が痙攣するのを一瞥し、彼は目を眇める。そして、
「――あなたの代わりは、どこにもいない」
と小さく言う。
誰に対して言った台詞か、訊ねる者も答える者同様、またいない。
ただ、彼の足元にまたしても鮮やかな血の花が咲いていく、その見慣れた景色が広がっていた。
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