Deep Desire

<Vol.0>

漆黒の髪に漆黒の瞳は、『賢者』の一族。
漆黒の髪に茶色の瞳は、『魔道』の一族。
茶色の髪に茶色の瞳は、『剣技』の一族。


帝国ラリフを守っているのは、この3つの部族である。



 前足を上げ、何かを探るように、きょろきょろと周囲を見回す。
 黒く丸い鼻がひくひくと動いている。 
 その小動物は、落ち着きなく辺りを窺《うかが》うと、突然叫び声を上げて、細く小さな4本の足で再び走り出した。その声は合図だったのであろう。茂みから仲間と思われる小動物が、列を作るように何匹も飛び出してきた。
 彼らの出てくる茂みに何ら変わったことはない。
 問題は、その遥か先だった。
 茂みをくぐり、太い幹と幹の合間に目を凝らすと、そこには普段彼ら動物たちが目にしたことのないものがあった。
 茂みの奥から走ってきた小動物が、一瞬だけ立ち止まり、それを遠くから凝視する。
 彼らが見慣れないものとは、赤々と森を照らすもの──火。
 静寂と安息を彼らにもたらしていた森の中で、炎が暴れているのだ。
 赤々と燃える火は、流れ落ちる水のように、空から降ってくる。尽きることなく。次から次へと木々に飛び移っているのだ。
 小動物の群れは、火から逃れるように、茂みから飛び出してきていたのである。
 逃げているのは、その小動物だけではない。他の動物たちも一緒だ。
 俊足を生かし、堅い大地を蹴って走り去っていく動物もいる。
 長い腕を使って、枝から枝へと移動している動物もいる。
 そして、大空へと舞い上がった動物もいた。
 濃紺の空へと飛び立った動物──鳥たちは、赤く染められていく自分たちの住処《すみか》を見下ろし、次いで、さらに遥か上空を眺める。
 彼らにとっても見慣れたはずの、空に浮かんだ城が……激しく燃えていた。燃えながら、城壁を森のあちらこちらに落としている。白銀に輝く美しい城は、今やその面影などまるでなく、動物たちにとって、脅威を振りまいている存在でしかなかった。
 小さく旋回していた一羽の鳥が、その城を見ながらクェーと鋭く鳴く。
 その刹那、城の一番高い塔が灼熱の塊となって、森という名の絨毯《じゅうたん》へ赤酒《ワイン》を零すように、静かに、落ちていったのであった……。


 神聖なる魔女“聖女”が治める国、ラリフを守っているのは、不可思議な力を持つ3つの部族。
 太古に失われたはずの力を、今も受け継ぐ3部族を知らぬ者など大陸にはいない。
 3部族のうちの1つ、『賢者』の一族が滅びたのは、大陸暦489年3の月も終わる頃の、ある夜半のことだった……。


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