観葉植物の葉が、揺れる。
微風が心地よい昼下がり。
夏が名残を惜しむように置いていった台風が、上陸したのは5日ほど前のことだった。その余韻はすっかり消え去り、9月下旬の街は秋色に染まりはじめている。
飾られた観葉植物の葉は、通りを駆け抜けていく女子高校生たちの声に共鳴し、笑んだように見えなくもない。
その様子を見ていた女性に声をかけたのは、向かい側に座っている青年だった。
「好きなのですか?」
楕円形の縁なし眼鏡の奥から、優しい光をたたえた瞳が彼女にそっと問い掛ける。
ちょこっと首を傾げ、彼女は青年に問い返した。
「<春夢《はるゆめ》>は植物がお嫌い?」
「いいえ。自然は好きです。心を落ち着かせて、和ませてくれます」
「ならば私と同じですわね」
「私が聞いているのは、それ、ですが」
眼鏡を中指で押し上げながら、<春夢>と呼ばれた青年はテーブルの一点を指し示す。そこには、彼女の食べかけたケーキがあった。
「イチゴのタルト。いつもそれでしょう?」
穏やかな物言いに思わず女性は笑ってしまった。
「……よく見てらっしゃるのね」
「ええ、まぁ」
にこりと青年が笑うものだから、彼女はとうとう声を漏らして笑った。
きれいに切りそろえられた髪が、肩の上で揺れる。
彼らはカップルと呼ぶにはどこか不釣合いな感じはあるが、双方ともに変わった趣の美しさを兼ね備えており、見ていて目を満足させる容貌だった。自然、店中の視線は余さず彼らへ向けられている。
共通点がないように思えるが、彼ら2人は似ていなくもない。その優しげな感じや、着ているものからいって、2人とも社会的にそれなりのステータスを持っているような観はある。クスクスと笑いながら眼鏡を外す女性の動作も、前髪を静かにかきあげる青年の仕草も、上品な印象を与えてくるのだ。それは昨日、今日で身につくものものではないことがわかる。
「そういえば、さきほど……午前中におもしろいものを見たんですよ、<蒼睡《そうすい》>」
「面白いもの?」
紅茶に口をつけようとしていた女性が聞き返す。
首を縦に振って、<春夢>が平然と言ったのは、彼女、<蒼睡>を驚かせるものだった。
「<朱雀>が力を使っているところ、見たんですよ」
「……なんですって……<朱雀>を見つけたの?」
「偶然なんですけどね。おもしろいことをやってました」
<春夢>はテーブルの上で組み合わせていた指とほどいて、両手で宙に球体を描く動作をする。
「こんな形の空間をある部屋の周りに作ったんです。そして、その空間の中に急激な熱を送り込んでました」
「それがどうなの?」
「えっとですね、その空間が取り囲んでいる部屋にはどうやら何かしらの結界が張られていたようでして。熱がですね、部屋の中に影響を与えず、球体の中の空間の温度だけを上げたんです」
「つまり?」
「つまり、空気が膨張して、自然と低い方へ、部屋の中へ流れ込みました。直接力を与えずに、窓ガラスを割ったんです。おもしろいと思いません? <朧滴《ろうてき》>と一緒に見たんですけどね、すごい子でした」
「どれほどの力だったの?」
真剣に聞き返す<蒼睡>を<春夢>はきょとんとして見ていた。ややあって、ああ、と彼は笑う。
「すごい、って言っても、力じゃなくて、ですね……」
「……はい?」
「容姿です。外見のほうです。いやね、<朱雀>はどうやら女性のようですよ。高校生だと思うんですけど……かなりの美少女でした」
「そうそう。ポニーテールの、美少女。AV女優顔負けの顔と体」
<春夢>と<蒼睡>は、突如会話に入ってきた無遠慮な声の主を見た。
目にかかるほど長いサラサラのハニーブラウンの髪をかきあげて登場したのは、彼らとは違って、自分の美貌を誇示する青年だ。
普段に比べれば地味な、それでも彼ら2人よりも十分派手な格好で彼は現れた。
「出ましたわね、女好きホスト」
「ホストは女好きじゃないと勤まらないも・の、なんですぅ」
彼は、<蒼睡>の隣の空いていた椅子に腰掛け、その『誉め言葉』を軽くいなす。
それから、やってきた女性店員に口説き文句を一言発してから、いつものとおりエスプレッソを注文した。
「炎のように燃え盛る美しさってやつだね、あれは。断然好みだよ。もう、取って食べてしまいたい」
「見たときからこればかりですよ、<朧滴>は」
「勝手にやってなさい」
「じゃあ、譲ってくれる、<朱雀>?」
にべもなく言い返していた<蒼睡>は、しかし、<朧滴>という名の煌びやかな青年の申し出にはきっぱりと言ってのけた。
「盟約に背くことになるでしょう。だめよ」
「盟約じゃないだろう。背くことになるのは、自分の心、じゃない?」
下から覗き込むように瞳を見つめて、<朧滴>が言う。彼女は詰まって、<朧滴>を静かに見つめ返していた。
しばらく、沈黙が場を支配した。
その沈黙を破ったのは3人の中の誰でもなく、新たに現れた者だった。
「あまり<蒼睡>を苛めるな」
3人は一斉に、現れた長髪の青年を見つめた。
誰が来たのか、確かめる必要などない。だが、彼らは名を呼んだ。
「<東夷《とうい》>様…」
唇の端に笑みを刻んだ青年は、残りの一つの席に座ると、遅れてすまなかったなと言ってから3人を順番に眺める。
彼らの傍にある観葉植物の葉は、彼の登場を待ち望んでいたかのように、揺れることをやめていた……。
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