ある楽師の物語

 シャリン、と鈴が、玲瓏(れいろう)な響きを奏で上げる。
 白刃が室内を照らすランプに煌く。その眩しさに彼が目を眇(すが)めた瞬間に、褐色の肌の女は、赤茶の絨毯(じゅうたん)を蹴り、小さく飛び上がった。
 おおっっ。
 室内に満ちる感嘆の声が、彼女の手首についた鈴の小さな音を掻き消す。
 女が右手にしっかりと握り締めた剣が一閃した。と思うと、彼女は床に突き刺すように、剣を立ててその場にゆっくりと跪(ひざまず)く。
 鈴の音がやんだ。そして。
 彼女の背後でポロンと弦が弾かれた。
「あの楽師が、レヴァリス殿か……」
 横にいる男が、髭を撫でながら彼に小声で囁いてくる。一瞥して、彼はあえて男を無視した。
 踊り子は先ほどまでの時間を無に返すように、静止したまま動かない。だが、室内に集まった者たちは誰も彼女を見ていなかった。彼らの視線は一瞬で踊り子から逸らされていたのだ。
 男も女も、陶酔した目で眺めているのは、四弦の楽器を奏でる色白の女性。
 床まで届く漆黒の髪。同色の瞳はつい先ほどまで踊り子を凝視していたが今は硬く閉じられていた。身にまとった布地は薄く、常であればいやらしく見えるであろう姿なのだが、楽を奏でる彼女には神々しさをもたらしている。
 ある者はグラスを持つ手を止めたまま、またある者はクッションに寄りかかり、その音の虜になっている。
 静かに流れ出した弦の音は、人々を誘い、惹きこみ、歓喜するように激しさを増す。彼女の細く長い指が、休む間もなく弦を弾く、その呼吸に合わせながら。
 渦を巻くような激しさで暫く辺りを席巻し、そして突如止んで──。
 息を飲んで見守る者たちに、始まりと同じポロンという音を与えて終わった。

   ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 楽器の手入れも終わり、普段着に着替えたレヴァリスは眉をしかめて振り返った。
 誰かが扉を叩いている。
 宴が終わって、かなりの時が経っていた。夜も更け、森閑とした空気が外にも部屋にも満ちている。人が訪ねてくるような時間ではない。
 大きく息を吐き出して、警戒しながら彼女は扉の鍵を外した。
 ギギィと扉が微かに開かれた。
「このような夜半に、一体何の御用でしょう?良識ある方がなさるとは思えない行動ですわ」
 潜めた声は美しいが刺々しさを内に宿している。
 だが、彼女はそれ以上言うことが出来なかった。
 部屋から漏れる光が来訪者の顔を照らす。見間違えでなければ、それは隣国の王子シュティンだからである。
「すまない。無礼は承知の上。レヴァリス殿に話がしたい」
 抑えられた声が醸し出すのか、焦りの空気が彼女の肌を刺激してくる。
 しかし、レヴァリスはあえてその空気に気づかないふりを装った。
「…明日ではいけませんか?」
「だから、このような時間に参った」
 一瞬だけシュティンの顔を見つめ、彼女はため息をつく。
 それを合図に、身体を後ろに引きながら、レヴァリスはシュティンを中に招き入れた。
 頭一つ分上をくすんだ金髪が通っていくと、彼女は急いで後ろ手に扉を閉める。あまり他の人間に見られたくない光景だ。勘違いされたら厄介である。
「実は……」
「立ち話をなさるおつもりで? あなたさまの国と違ってここには椅子がありませんので、その場にでもお座りください」
「……君は?」
 驚いて尋ねるシュティン。それもそのはず、彼女の部屋は狭く、人が1人やっと座れる程度なのだ。
 レヴァリスは白い指ですっとベッドを指し示した。
「私は寝床に腰掛けます。上から見下ろす形になってしまいますが、それはご容赦を」
「あ、ああ。気にしない」
 当然だ。これで怒ろうものなら追い出してやる。
 心でそう毒づくと、彼女はシュティンの傍らを通り、ゆっくりと寝床に腰掛けた。
 部屋の中にはランプが1つ。その光が夜の微風に揺れ動く。レヴァリスとシュティンに斑(まだら)な影を落としながら。厳粛な雰囲気を散りばめて、ランプの中の炎が揺れる。
 わずかな沈黙を破るべく、先に口を開いたのは、シュティンの方だった。
「随分、質素な部屋だね。君ほどの人がこんなところにいるなんて、正直言って驚いた」
「……豪奢な部屋は私に似合いません。王にお願いし、このような部屋にしていただいたのです」
「楽師である君が?」
「王子。私は確かに楽師ですが、王廷専属の者ではありません」
「ならば、大陸に知れ渡っている“楽師レヴァリス”は誰に仕えているのだ?」
 漆黒の双眸を細め、レヴァリスはシュティンを見下ろす。彼女を知っている人間ならば、その動作が表す意味を感じ取り、こう言うだろう。
 そんなに怒らないでくれ、と。
「私は誰にも仕えておりません。楽とは自由なもの。何者にも縛られないもの。だから楽師は、誰にも仕えぬものと心得ておりますゆえ」
「では、なぜ今夜はここへ?」
 王に頼まれて──それが答え。
 しかし、レヴァリスは別の言葉を口にした。
「王子。先ほども申し上げたはずです。このような夜半に、一体何の御用でしょうか?」
 世間話さえ明らかに拒否する強い語調に、シュティンは唇を一文字に結んだ。話し出すのに決心がつかないといった様子。
 苛立つ心を懸命に抑え、レヴァリスはシュティンが口を開くのをじっと待った。
 どのくらい経ったのだろう。正確にはわからなかったが、長い時間ではなかった。
「あなたは……魔女なのか?」
 顔を上げ、シュティンはレヴァリスを覗き込むように見つめてくる。
 今度沈黙したのはレヴァリスだったが、彼女も、さして長い沈黙を必要としなかった。
「その話はどなたから?」
「いや、昨日ここに着いてすぐ、侍女たちが話しているのを……噂だというのは重々承知して……ただ、その黒髪は確かに、そう、見えなくは……」
「本当ですわ」
「え?」
「真実です。私は魔女。それが何か?」
 平然と答えるレヴァリスに、シュティンは口を半開きにさせた。
 隣国の数多い王子たちの中で、一番の美形と称される男にしては間の抜けた顔である。見ていると呆れかえって追い出したくなる。レヴァリスは吹き抜けになっている窓へと目を背けることにした。
 魔女──それは、かつて、大陸全土に存在していたもの。
 類まれなる美貌と、漆黒の髪と瞳が証とされ、その力は天から稲妻を落とすことさえ可能と言われた。
 だが、魔女は突然変異的に生まれるものであり、親が魔女なら子供も魔女ということは決してありえなかった。計画的な出産ができないのであれば、あとは神の御心次第であり、その結果、いつの間にか魔女はいなくなっていたのである。
 大陸の南の方は、魔女同士の争いにより多くの命が奪われた歴史がある。そのため、魔女という言葉自体が畏怖を伴い、唾棄(だき)される。しかし、北東部では、良き魔女が国を治めた時期もあり、魔女は信仰の対象とされるところさえあるのだ。レヴァリスが魔女であることが知られていたとしても、この国で暮らしていけるのは、そういう背景があるからであった。
「魔女と言いましても、大した力はございません。できることといったら、人の吉凶を占うことくらいでしょうか?」
 普段は楽師としてではなく、占い師として生計を立てている。だが、当たる確立は高いものの、さすがに百発百中とまではいかない程度の魔力である、魔女であることを疑う者や、魔女のふりをした詐欺師だと思っている者もいた。だから、彼女が魔女であることはそれほど真実味を帯びて人々の口に上ることはない。特に王城では。
 レヴァリスはシュティンを横目でちらりと見た。
 切羽詰っていた感じと、魔女の話。
 おおよその見当がついてきた。
「レヴァリス殿……あなたにお願いがあるのです」
「……何でしょう」
「その魔力で、私の恋に協力して欲しい」
 今し方“大した力がない”と言ったばかりではないか!
 などとは言わない。とりあえず、彼女は否定も肯定もせず、話に耳を傾ける。
「私は……あの方に恋をした。一目見た瞬間から、心を奪われた。私には国に婚約者がいる。だが! ……だが、あの方を忘れて国で挙式などあげられようはずがない」
 思いつめたように、あぐらの上で指と指とを組み合わせ、彼はその手に力を込める。
「王子。あの方とは一体?」
「フィーラ様です」
 レヴァリスは息を飲んだふりをした。
 ある程度推測はできたが、あまりにも思い描いたとおりだったので、少しばかり気味が悪く感じる。
 彼女は静かに、自分の腕をさすった。
「あの碧の柔らかな瞳が私を見つめる度に、私は狂ってしまいそうでした」
 大げさな表現に眉をひそめ、レヴァリスはシュティンの話に割り込む。
「しかし、王子、フィーラ王女はあと数ヶ月で嫁がれる身ですわ」
「聞いております。砂漠の国、ウルヤへ嫁ぐそうですね」
 レヴァリスは首を縦に振る。
 ウルヤは大陸の中央に位置する大国である。文化水準は西の諸国に多少劣るが、軍事面では強大な力を発揮していた。
 地理的な優位さも加わり、東の果てにあるこの国でも影響力は侮れない。
 逆らってはならない国、逆らう気さえ起こせない国、それがウルヤ。
「政略結婚なのでしょう? ならば……」
「王子、残念ながらそうではございません」
 やんわりと、シュティンのセリフを途中で切らせるようにレヴァリスは言う。
 何を勘違いしているかわからないが、王子はどうやら王女フィーラが無理やり嫁にいかされると思い込んでいるらしい。
(それで、私の力を使ってどうにかしようと思ったのね)
 浅はかというか、あまり情報収集には長けていないようである。
 魔女という噂を耳にしたからとレヴァリスの元へやってきて、大国へ嫁に行くから政略結婚だと判断して────ずいぶんと身勝手な思い込みをするものだ。
「王女はウルヤの王子、ハインシェ様と相思相愛でございます」
「嘘だ……ウルヤの王族は皆、無粋な軍人だと言う話だぞ」
 それが真実という確証が彼にあるのだろうか? 真実だとしても、だからといって王女がウルヤの王子を好きではないということになるのだろうか?
「無理矢理、王に説得されたのではないか?」
「そんなことはございません」
 レヴァリスは無礼にならない程度に強く言った。
 王女の婚儀を言ったのが王だとしても、それが関係あるとはレヴァリスには思えない。彼女は目撃しているのだ。2ヶ月ほど前、婚儀の打ち合わせにやってきたウルヤの王子、ハインシェと王女フィーラの仲睦まじい姿を。
 宴で自分が演奏する前も、後も、彼らは一時として離れ離れにならなかった。身を寄せ合い、微笑みながら語らっていた。
「お諦めください、王子。フィーラ様のお心にあるのは、ハインシェ様だけでございます」
「認めぬ」
 低い声が、蹲(うずくま)るように身体を丸めたシュティンから発せられる。
 空気に色があるとしたら、多分今の彼の周囲は不穏な色に染められているだろう。
「認めんぞ。私は、認めない!」
 子供のように、彼は言う。
「王子、そのような……」
「彼女は私のために生まれてきた女性だ。認めないぞ!」
 勢いよく立ち上がると、シュティンはレヴァリスを見下ろした。
 その瞳は、獰猛さを秘めた獣のような光を放つ。
 体中の毛が逆立つような感覚に身体が縛れた。だがしかし、そのような素振りを見せず、レヴァリスは平静を保ってシュティンを見上げる。
 身の危険をわずかに感じ、彼女はさすっていた腕に今度は爪を立てる。
「……あなたは協力してくれないのか?」
 答えはなかった。それがレヴァリスの答えだった。
 ふん、と言うと、シュティンは身体を翻(ひるがえ)す。それから、無言のままにレヴァリスの部屋から出て行った。
「……ふん、大馬鹿王子が……」
 緊張が解けたと同時に、開け放たれたままの扉を見つめ、レヴァリスは真っ先に呟いた。

   ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 王女フィーラの事件。
 それがレヴァリスの耳に飛び込んできたのは、シュティンが部屋にやってきたあの夜から1週間経ってのことだ。
 宴が終われば楽師に用済み。王子は未だに城に滞在していたが、レヴァリスは城下にある自分の家へと舞い戻っていた。
「やだ、占い師さん、知らないの? 街じゃあ、この話で持ちきりよ」
 家にいつも来る客、そばかすのある陽気な少女から聞いたのが始めである。
 街の中心から少し離れた場所に店を構えるレヴァリスが、噂を聞くには数日の誤差がある。その点を考慮して、事件が起こったのはあれから2、3日後だと彼女は推測した。
(あんの馬鹿王子が!)
 事件の加害者は、王子シュタィン。
 被害者は、王女フィーラ。
 事件は──シュティンがフィーラを襲ったというのである。フィーラの方からシュティンを呼び出し、誘ったという話だ。そのため、シュティンは王に責められるどころか、この件は内密にして欲しいと懇願したというのである。
 もちろん、噂だ。それがすべて真実とは思えないし、実際にシュティンの人となりやフィーラのハインシェへの思いを見ているレヴァリスとしては、その話が脚色されていると感じざるを得ない。
 しかし、問題はそれがすべて真実かどうか、ではないのだ。そのような噂を立てられることが既に問題なのだ。
 どこまでシュティンが行動を起こしたのかは定かではない。わかることは、確実に、王女フィーラの心と名前とが傷付けられたこと、である。
(最低な男だわ)
 舌打ちしたい気分である。
 噂好きな少女がさらにレヴァリスに何か語ろうとしたのだが、それは一瞬のことだった。
「占い師さん……」
「ん?」
「誰か来るよ。王城の人」
 少女が指差す先、窓の外には、馬に乗った数人の兵士が見える。
 白い衣服に赤い紋章。王城の使者を表すものだ。
 レヴァリスは怪訝そうにしながら、立ち上がった。

   ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

「……私の言うとおりにならないのがいけないのだ」
 シュティンは寝床に横になり、天井を見ながら呟く。
 彼はこの固い寝所が嫌いだった。自国の柔らかいものに慣れているせいもあるだろうが、この国自体が自分を敬遠しているような雰囲気がして、嫌なのだ。
 そう、皆、この国の者は自分を拒む。
 王も。あの魔女も。そして、王女も。誰も彼も自分を拒む。
 それは過ちであった。
 それは過ちでしかなかった。
 自分が拒まれるなど、あってはならないことなのだ。
「だから、最初から言うことを聞いておけばいいのに」
 王女は迫った自分から逃れるべく、自らの身体に刃を向けた。もちろん、それは脅しであったのだろう。シュティンはそのように理解していたが、もみ合ううちに誤って彼女はシュティンに傷を負わせてしまったのだった。
 発端がどうであれ、傷を負わせたことでフィーラは王に責められた。醜聞が広がらないようにと王は手を尽くしたのだが、口さがない侍女たちがそんな事件を見逃すはずもなく、事件は曲解に彩られて街へ流れ出ているのだった。
「なかなかいない者だな。私のことを思ってくれる人というのは」
「それが強制だからですわ」
 不意にかけられた声に、彼はびっくりして勢いよく起き上がった。
 枕元の短剣を手にすると、闇の中で視線を巡らす。
 声の主はすぐに見つかった。窓の縁に座っていた。外から差し込む月光に照らされ、表情は読み取れないものの、それが誰だか彼にはわかった。
「レヴァリス殿……」
「自分勝手な王子様に、1曲楽を贈りに参りました」
「こんな夜更けに? 無礼ではないか」
 驚かされたことを恥ずかしがるように、やたらと荒い声調で彼は言う。
 だが、彼女は引かず、くすくすと笑っていた。
「無礼は承知。明日、城を立ち、お国に帰られるとと耳にしましたので」
「どこでその話を……」
「あなた様を遠くへ贈る曲、この私が演奏させていただきますわ」
 部屋に響くような声で言うと、彼女は手にしていた弦を鳴らし始めた。
 ポロン。
 耳朶に心地よい音が流れる。
 咎めようとしたものの、その音の美しさにシュティンは言葉を飲みこんだ。
 楽の良し悪しなど彼にはわからないが、大陸に名の知れたレヴァリスの楽なら聞いていて損はないだろうと思ったのもあるし、事実、その音色が彼にとって今まで耳にした事のないほどの魅惑的なものであったのだ。
 曲はしばらく静かに流れた。
 と、おもむろにレヴァリスが唇を動かした。

  『魂の導きによりて冥府の扉は開かれん その闇はそなたを迎えるであろう』

 その声は、例えるならば外から降り注ぐ月光のよう。
 冷たく、美しく、気高く……。
 目を閉じかけていたシュティンは驚きに包まれた。
 否、身体が固まったように動かなくなったことに彼は気づく。
 目だけが、部屋の中をじろじろと見回した。

   『罪深き者の末路は同じ 裁きは神の御心によりて』

 ポロンと弦が弾かれる。
 その度に、彼の身体に何かがまとわりつくような感触が伝わる。
 それは手のような柔らかさを持ちながら、明らかにそれとは異なる冷たさを持つ。
 シュティンは凍りついた。身体ではなく、心が。
「な、なにを……た、たすけ……」

   『紡がれし命の尽きし快楽 慈悲はなき神の答えは違(たが)う』

「……た……すけ……」
 ポロン、と弦を弾いた手を止めて、レヴァリスは窓枠から降り立った。
 シュティンは息を飲んだ。
 月光を浴びるレヴァリスの背に、羽が生えているのだ。
 白い羽が、3枚。
「……王女は自殺を試みたそうよ。今度はあなたの番じゃないかしら?」
 そう言うと、彼女は楽器を立て、たったままで最後の音を奏でた。

  『罰せられよ 罪人よ』

 悲鳴さえ上げることなく、シュティンは気を失った。
 白目を向き、身体を痙攣させて。
 その姿を見下ろして、レヴァリスは冷たく吐き捨てる。
「馬鹿ね」
 鼻で笑い、彼女は窓枠に手をかけた。そして。
 外へと飛び立った。

   ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

「でね、その王子って、なんかよくわかんないけど、突然変わっちゃったんだって。ぼうっとしてて、目なんか焦点合ってなくて。一緒に来てた隣の国の王様なんか、慌てて『国の医師に見せる!』ってんで連れて帰っちゃったんだって。…ねえ、占い師さん、聞いてる?」
 相槌を打つだけのレヴァリスに、少女は気分を少し害したのだろう。
 レヴァリスを覗き込むと、つまらなそうな表情で彼女を睨んだ。
「上の空って感じ。客扱いしてる?」
「してるわよ」
「嘘。首振ってるだけじゃない。動物じゃないんだから。ねぇ、じゃあ今度は占い師さんの話をしてよ」
 適当に聞いていたレヴァリスは、少女を見てから困ったように口を開く。
「……別にないわよ、これといって」
「嘘。この間、王城の人が来てたじゃない、あれって何?」
「別に」
 そっけなくレヴァリスは答えた。
 王城の使いは、レヴァリスに楽を奏でて欲しいという王の親書を携えてきたのだった。塞ぎこんでしまった王女に元気を取り戻させたいと王は思ったらしい。
「教えてくれないのって、何か怪しいよね」
 少女がニヤっとして問う。
 彼女はレヴァリスが楽師であることを知らない。漆黒の髪や瞳も、占い師として一種の箔をつけるように、何らかの方法で染めているものと思っているらしい。彼女にとってレヴァリスは単なる一介の占い師でしかないのだ。
 何でも知りたい年頃なのも影響しているのだろう、その「単なる占い師」の元へ王城から使いが来るという、日常、城民ならありえない出来事とレヴァリスの関係を知りたがった。
 やれやれ、といった風なため息をついて、レヴァリスはクッションに寄りかかって片肘を立く。
「まったく……あなたは何の相談に来ているんだっけ? いいの? それ聞かなくて」
「あ、そうだった。この間の話。好きな人のこと。いい媚薬を紹介してくれるって、薬屋の娘が言うんだけど、どうかな? これって頷いたらだめ?」
 真摯な眼差しでこちらを見つめる少女。
 ふふ、と自然に笑みが漏れて、レヴァリスは彼女に話し掛けた。
「そんなの占うまでもないわ。だめよ」
「どうして?」
「当たり前じゃない」
 漆黒の瞳を少女へ向けて、レヴァリスははっきりと言ったのだった。
「人の心は楽と同じ。自由で、何者にもしばられちゃいけないのよ」


  <おわり>


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