両手をコートのポケットに突っ込んで、僕は自分の影をじいっと見つめてた。
これだけ背丈があれば良かったよな、と思わせるほど延びた影を。……この様子だと、空には大きな月が浮かんでいるに違いない。星だって綺麗に瞬いてるだろう。
でも、僕はとてもじゃないが寒いんだ。夜空を見上げる余裕なんてない。だから、食い入るように影を見てる。
「おい、玄樹」
その言葉を待ってた。弾かれたように僕は顔を上げた。
しいなさんの声、だ。
「しいなさん!」
今まさに首を引っ込めようとしている亀のような姿勢のまんま、僕は振り返った。今まさに、って言っても、かれこれ30分以上はこの格好してるんだけど。
白い息を弾ませて駆け寄ってきたしいなさんは、僕の側まで来ると真っ先に頭を小突く。
「痛っ……」
なんでぶたれるんだ?
「声でかいぞ、お前。夜中なんだからな」
夜中って言ったって、まだ寝てるやつなんかいないよ、きっと。
不満を言おうとした矢先、しいなさんは先に歩き出してしまった。僕は慌てて後を追っていく。
薄暗い路地、見回しても人影はない。家々の明かりはついてるっていうのに。なんだか僕らだけ、この世界に置いてかれたみたい。
(置いていかれた、か……)
この言葉の意味を考えると、間違ってないことに僕は気づく。
僕は置いていかれた人。両親に置いていかれた人。今だって、しいなさんに……そんなネガティブな思考に行き着いた瞬間。
「待たせて悪かったな、玄樹」
さらりと、本当にさらりとしいなさんはそう言った。
……本当、しいなさんってずるい。
そういう風に、タイミングよく謝るなんて。
僕は下がってた目線を上げて、恥ずかしいから怒ったフリをそのまましてた。
「どっか寄ってラーメンでも食べるか?」
僕と同じようにポケットに両手を突っ込んで隣を歩くしいなさんは、大嫌いな煙草でも吸っているかのようにたくさんの白い息を吐き出して尋ねてくる。
魅力的なお誘い。
この寒くてすきっ腹の時間にラーメンなんて。
ただ、僕はどうしてもそこで素直に「うん」と言えない。「玄樹くんってば慎み深いのよね」なんて、色んな人に言われるんだけど、たぶん亡くなった母さんの躾(しつけ)なんだろうな。
母さん、いつも僕に言っていたから。
『いい、玄樹? 人が何かしてくれるって言っても、それを簡単に受けちゃだめよ』って。
前にそれをしいなさんに言ったら、さすが姉貴、としいなさんは言ってたっけ。
でもって一言。
「1度目は遠慮した方がいい人そうに思えるもんな」
……僕は時々、母さんとしいなさんの血のつながりを疑うんだよね。
けど、この人は正真正銘、僕の叔父さん。
その証拠に……。
「とにかく、俺はラーメンが食いたいからな。玄樹、お前も付き合え」
ほら、こうやって、僕が気を回さないように言ってくる。
ずるいよな、やっぱり。ホント、ずるい。
「そういうことなら、付き合うよ」
「おっし、じゃあ3丁目の……」
不意に、しいなさんが立ち止まった。もう少し歩けば商店街に出るってところで。
僕から顔をそらし、一箇所を凝視してる。
なんだろう? 僕はしいなさんの視線を追う。
……そこにあるのは1本の木だった。
マンションの入り口にあるその木に葉っぱはついていない。
僕は木の種類なんて知らない。詳しくない。それでも、わかることがある。この木が、まだ植えられたばかりだってこと。マンション自体ができたばかりだからっていうのもあるんだけど、なんとなくこの木の存在は浮いてる。
しいなさんは、その木に無言で近づいていった。
何をするのかと思っていると、自分の首からマフラーを解き、それを木に括りつけたんだ。
――何の合図?
(あ、それとも……!)
遅まきながら僕は1つの可能性を考える。
しいなさんは、“もの”の声を聞くことができる。言葉を発さない“もの”の声を。
その力を生かして何でも屋をやってるくらいだ――ちなみに今日は、そのお仕事の帰りなんだ――から、木の声を聞いたってことなのかも。
一体、木は何て言ったんだ?
僕が無言で探りを入れてると、しいなさんはすぐに踵を返して僕のところに戻ってきた。
表情はいつもどおり。
「で、えぇと、なんだっけ。3丁目のある店ならこの時間に……」
慌てて僕はしいなさんに話し掛けた。
「ちょっと、しいなさん! さっきのは何?」
「……さっきのって?」
「ほら、木にマフラー巻いてたじゃん。あれ、何? 木が何か言ってたの?」
「え? ……まさか。俺が木の言葉を聞いてる時間なんてあったと思うか?」
聞き返されて思い浮かべる。さきほどの光景を。
確かに、しいなさんは木に手のひらを当てたりせずに、近づいていっただけ。触れる前にマフラーを解いてた。
――じゃ、何してたわけ? 話し掛けられてもいないのに。
僕は言葉に出さなかったけど、問いかけは通じたらしい。
しいなさんは、微かに笑った。
「なに、寒そうだと思ってさ」
「……ええっ?」
「あの木、風を遮るものもないし、葉もつけてないし。寒そうだと思ったからさ」
――このときの僕の気持ちをどう表現したらいいだろう。
僕はしいなさんの能力を知っていた。
それ以上に、しいなさんの性格を知っていた。
なのに、しいなさんの思考に今回もついていけなかった。
まったく……僕とは6つしか違わないのに、どうしてこうも大人なんだろう、この人は。
時々、なんか嬉しくなって、同じくらい悔しくなる。
僕はしいなさんみたいになれるかな?
そう尋ねたら絶対、「俺みたいにならなくてもいいんだよ!」って言うだろうけど……でも。
「ほら、玄樹。急がないとあの店も――って、もうこんな時間か!」
僕の背中を押しながらしいなさんが時計を見て驚きの声を上げる。
押されるように商店街のとおりに出たら、眩しいくらいのイルミネーションと多くの人ごみ、そして華やかな言葉たちが耳に入ってきた。
「あけましておめでとうございます!」
「ア、ハッピー、ニュー、イヤー!」
「うわちゃ、年越しちゃったか……どうする、玄樹」
……僕はしいなさんを見上げて、それから、笑った。
「家に帰ろうか。僕、そばを茹でる準備はしてきたから」
「準備いいな。よっし、駅までダッシュ!」
駆け出すしいなさんに、僕は遅れず走り出す。その道の先へ向かって背伸びした影は、まだまだしいなさんには届かない。
でも、これから少しでも彼に近づけたらいいなと、僕は心の底で思った。
しいなさんは僕よりも数歩先を走りながら、顔だけをこっちに向けて叫ぶように、「今年もよろしくな、玄樹!」。
「僕のほうこそ!」
すれ違う人がびっくりした表情をするくらい、大声で言い返す。
言い返しながら、僕は自分に言い聞かせた。
きっと、無理なんかじゃない。追いつけないことはない。
だって今年は――僕の未来なんて、まだまだ始まったばかりなんだから。
<おわり>
<A HAPPY NEW YEAR 2002!>
当サイトに来てくださる方、相互リンク先管理人様へ。
- 本年もよろしくお願いします -
2002/01/01
【Novelism】管理人 穂高あきら
HOME【Novelism】へ